長友・平愛梨

長友佑都に姉や弟がいる?幼少期はどんな子供だった?性格は?

今やサッカー選手としてだけでなく様々なジャンルで活躍をしている長友佑都選手。彼の兄弟構成、また生い立ちや性格はどういうものだったのかをここで紹介したいと思います。

長友佑都選手の姉はどんな人?

 

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 まず長友佑都選手の兄弟構成ですが、1人の姉と1人の弟がいて三人兄弟だといわれています。

長友選手のお姉さんの名前は長友麻歩さんです。彼女は東京の津田塾大学に進学しており後に東京へ進学してきた佑都選手と一緒に同居をしておられたそうです。

彼らが育った家庭は母親1人子供3人の母子家庭であったそうで、かなり厳しいものだったと母親のりえさんは打ち明けているのですが、進学で親元を離れるものの実家を離れ遠い地で一人暮らしとなると子供達もまだ親のサポートが必要です。

そうすると家事は減るものの金銭的に親の負担は増えます。住むことだけでなく、勉強するには学費も払わなければなりません。

そう考えてみるとかなり経済的に厳しくなるので、少しでも親の負担を下げるために姉と佑都選手で同居をしていたのではないでしょうか。

そこから彼らの優しさや家族の思いやりが想像できます。

 

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どちらのお母様かはわかりません・・・(;´Д`) 

その後大学を卒業した麻歩さんは都内でOLを経験した後、佑都選手が日本のプロチームJ1のFC東京からイタリアへ移籍する際に一緒にイタリアへ語学留学を目的として同行します。
 

そこでも2人は同居をしており、麻歩さんは語学留学を目的とするも、かなり積極的に佑都選手をサポートしていたようです。

テレビでも放送されていたのですが、食事に人一倍気を使っている佑都選手を特に食事の面で支えており、かなり難しいとされるアスリートフードマイスターの資格も取得しているようです。

イタリアで佑都選手があんなにも活躍できたのは、麻歩さんの心強いサポートあってと言っても過言ではないのではないでしょうか。

 また佑都選手が大学時代のエピソードなのですが、明治時代に進学していた佑都選手は椎間板ヘルニアを患い一時期サッカーから離れなければならない期間がありました。

その期間で少しモチベーションが落ち、パチンコに入り浸った佑都選手を麻歩さんが一括し、気合いを注入したそうです。

その後佑都選手は考えを改め、今とても有名になった体幹トレーニングを中心とした体のアライメントを整えることに集中し、結果を収めました。

このエピソードからも姉弟の強い絆や麻歩さんの厳しくも優しい人柄がうかがえますよね。

長友佑都選手の弟はどんな人?

 

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さらに佑都選手には弟もいます。2歳年下の長友宏次朗さんです。もう引退されたのですが彼も同じくサッカープレイヤーでした。

また彼も兄と同じ強豪校の東福岡高校でサッカーをし、その後関西大学へと進学し、そこでもサッカー部に所属していたそうです。

大学卒業を機にサッカーをやめたそうなのですが、噂では「兄よりも上手い!」と言われてたそうです。

大学卒業後は東京ガスに就職をし、長友選手が海外から帰国する際には一緒に食事をしたりと、姉さん同様非常に仲の良い関係だと思われます。

幼少期はどんな子だった?

 長友選手は1986年9月12日、愛媛県西条市に生まれました。

小学1年生の時にサッカーを始め、3年生の時には両親が離婚し、そこから母親のりえさんと2人の姉、弟と暮らしました。

彼のサッカー人生は順風満帆とは言えず、中学校に上がる際に愛媛のユースチームを受けるも落選。それから地元の中学校の部活でサッカーをしました。

中学生の長友選手は少し怠け癖があり、走りのトレーニングになると先生の目を盗み、サボっていることもあったそうです。

しかし、熱い先生の指導のもと、佑都選手にも火がつきサッカーに対しての覚悟を持ち始めました。

しかし決して強いチームとは言えず、強豪ではないチームだったので誰もいずれイタリアのトップで試合をするとは思えなかったでしょう。

それでも佑都選手の母親りえさんは子供への投資を惜しみませんでした。お金の面を理由にサッカーを諦め後悔させたくない、その一心で仕事を懸命にこなし、足りない学費は借金をしてでもお金を作り、佑都選手を強いチームへと進学させました。

聞く話によると、もし自分が死んでしまって子供を置き去りにしてしまうようなことがあってもしっかりと子供を先のステージへ進ませてあげられるように生命保険までかけていたそうです。

そして中学を卒業した佑都選手が進学先に決めた高校は福岡の強豪東福岡です。ここでは約200人の部員がおり、レギュラー争いがとても激しい、日本でも屈指と言われる強豪校です。

この高いレベルに揉まれサッカーに打ち込んだ彼は、3年生になるとレギュラーに定着します。彼のポテンシャル、才能がめきめきと頭角を現した時期だとも言えるでしょう。

高校を卒業すると明治大学に進学します。これ以降は上で話したのでここまでにします。

 彼の幼少期はとても恵まれているとは言えません。サッカーでもエリート街道まっしぐらとも言えず、正直誰も彼の大成功を予想していなかったでしょう。

ですが、這い上がる覚悟を決めた彼は、お母さんや周りのサポートを受け共に支えあいながら結果を出し続けました。恵まれていない彼だからこそ、ここぞという時に人一倍強い思い、チカラを発揮できたのではないでしょうか。

長友佑都選手はどんな性格?

長友選手は前述のとおり、母子家庭で育っていますので、経済的にはかなり大変だったと思われます。

サッカーは遠征なども多く、スパイクやユニフォーム、レッスン費など、交通費だけでも家計の負担になっていたことでしょう。

長友選手のお母さんは一生懸命にお金を工面したということですが、普通はそこまでされたら負担に思いますし、逃げ出したくもなるでしょう。

他の家庭は当たり前のことでも長友佑都選手にとっては当たり前ではなかったと思いますし、普通だったらお金がないからあきらめてしまう。むしろ諦めたいと思うことも彼は諦めなかった。

信念を持っているということ。諦めないということ。負けず嫌いで、結果を出して親に返そうという気持ちがブレないということ。

自分は自分のペースで頑張れる。ということ。

このあたりが性格の特徴なのではないかなという感じがしました。誰しもが誰かと比べたり、焦ったり、無理だと決めつけて親のせい、お金がないからという言い訳をしたり。

本当に誰にでも身に覚えのあることですが、夢を見て進み続けたのだろうなと思いました。

まとめ

決して恵まれているとは言えない家庭で育った長友選手。それでも強い信念と周りからの心強いサポートを借りて成功を収めました。

誰しも不安や悩みを抱えており、時には大きなハンデを課される時もあります。それでも折れない強い心を持ったものだけが最後には勝つ。

それを佑都選手、長友一家は私たちに教えてくれました。そして今年33歳になる彼が今後どういうサッカーを表現するのかとても楽しみです。